虐め


【虐めのない世界】
こんな世界(社会)は存在するのでしょうか?
僕は無いんじゃないかと思います。
大人の偉い方々などは虐め反対!見たいなこと言ってますけど大人の世界にだって虐めは存在するわけで、ただ心の弱い子供は自殺してしまうだけなんです。
だから僕は虐めをなくすのは内角の和が180度より大きい三角形を作るほど難しいと思います。

つい最近は僕と同じくらいの子供が次々に自殺していく。そんなことがありましたね。


周りからの虐め。虐めによる集団での孤独感、無力感に悩まされその重圧から逃れるための手段が【自殺】だったのでしょう。
しかし死んでもどうにもならないことは事実で、遺族が苦しむというのも事実です。

そしてよく、自殺はするな。見たいなことがあります。僕もそう思います。
でも虐められたことを考えれば無理も無いですね。どんなに楽になるだろうとそう思ってしまうのも仕方ないのかもしれません。
心の強い、弱いはあるわけですからね。
もし自殺を考えている人がいたらこのことを忘れないでください。このことを教えてください。
あんたが死にたいって思って暗く過ごした今日はな、昨日死んだ奴が必死に生きて生きようとした輝いてる明日なんだよ
だからどうか生き延びてください。


僕は虐め問題が増え続け自殺者が増える要因が違う視点からあると思います。
それは、マスメディアによる報道です。
報道では自殺に至るまでや方法などが細かく詳細まで放送されていて、これは虐め問題を身近に考えることができる。という利点があると思います。

でも報道で方法や理由などを放送してしまえばそれに影響され自分も自殺しよう。と考えてしまう人も出てくるはずです。事実、昨年(2006年)の後半期(6月〜12月)には昨年の上半期と比べ自殺者数が多いのです。丁度昨年の後半期といえば自殺問題がよくテレビや新聞にでていた時期です。
連鎖するように増えてしまうんです。
自殺発生→メディアによる報道→影響されて自殺が増える→メディアによる報道…
と自殺が自殺を呼ぶということなんです。

僕はマスメディアが自殺を報道するなとは思いません。でも報道の仕方に問題があると思います。


そして僕の学校でも虐めは避けられないようで虐められている人がいる(た?)んです。
傍観者という言葉があります。第三者のことです。見て見ぬふりをする人です。
傍観者もそれなりに虐めには結局参加している形になってしますわけです。虐められている人からすれば参加しなくても虐めに感じるわけで苦痛でしかないのです。

虐めている人に反抗すると結局ターゲットが自分になる。だから傍観者はいるわけです。
僕も確かにターゲットにされては困ります。
だから僕は虐められている人と喋ってその人がクラスで孤立しないように努力したつもりです。そしてその虐めもだんだん弱くなってきて今では少人数です。
でもやっぱ喋るだけでも結構反感くらうんですよね。
そして呼び出されそうになった(まぁ広く見れば呼び出された)んです。

まぁまだこの程度の虐めならかわいいですよ。本当の虐めはヤバいらしいですからね。



では

誤字脱字は訂正されていくと思います。